表題の通りです。この一言で毒親のいろいろな行動が納得できます。

 

「所有物」だから何を言ってもいいし何をしてもいいと思っている。
ずっと親を喜ばせ続けることが子どもの役目。
親の人生を補完するために、親をいい気分にさせるために、子どもがいる。
「所有物」は逆らってはいけない。意思を持ってはいけない。

 

子どもには子どもの人生があるということを全く理解できない。
それどころか、親の命が続く限り一生親に尽くして生きろ、それが当然。さもなければ・・・と言う態度。
「育ててやったんだからせいぜいいい思いをさせてもらわないと。」

 

所有物だから何をやってもいい。他人が見ていない家庭内なら何だってする。
「他人が見ていない」ところでやるってことは、いけないことだと分かってるってこと。
ずるいです。

 

ずるさを指摘すると「親だけはしつけのために何だってしていいんだ。お前も親になれば分かる。」

 

子どもの幸せに興味がない。「自分をいい気分にしてくれる態度を示す子ども」だけが要る子ども。
子どもが幸せそうにしていると「親は仕事で疲れてるのに。お前だけいい思いしやがって!何様のつもりだ。」
子どもが困っていると「ほれ言った通りだ。つまらん奴だ。」ニンマリ。

 

自分が子どもに嫌なことをしていると知っている。だから子どもが逃げないためにこう言う。

 

「お前のことを可愛いと思うのは、俺たち親だけだ。他人がお前のことを可愛いというのは嘘。信じるな。世間体のために言っているだけ。お前を愛しているのは世界中で親だけ。」
ずるいです。

 

大人になっても所有物

子どもが大人になっても、親にとって子どもが所有物であることは何ら変わらない。

 

一生指図しつづけ、気に入らないと怒鳴り、結婚して相手がいようがいまいがお構いなしに土足で踏み込んでくる。
「お前は大人になっても親のいうことが聞けないだらしない子なのね。」そう言って生活のこまごまとしたところにまで干渉してくる。

 

両親はお金に困っているわけではないのに成人した私は親に毎月仕送りをしなければならない。
「子どもが仕送りをするのは当たり前。感謝を示せ。」

 

私は親に誕生日その他を祝ってもらうことはない。しかし、親の誕生日・母の日・父の日・バレンタイン・クリスマスには毎年何万円かする高額のプレゼントをしないといけない。
「この間のプレゼントは気に入らなかった。ブランド物なら自慢できるのに。」

 

筋の通っていないことを平気でやる

それぞれの毒親でやっていることは微妙に違うかもしれないですが「子どもを所有物だと思っている」のは共通する部分なんじゃないかなと思います。

 

そして「世間様の見てない」ところでやる。確信犯なんですね。
「人にしてはいけないこと」のハードルが子どもの前だと、とたんにぐんっっっっと下がる。また、世間様の前では良い親を演じ一生懸命隠そうとするから余計ストレスがたまって子どもにあたるんでしょうね。

 

ずるいですね。ずるいんです。世間じゃ通用しないことをさも、世間の常識のように言って子どもを黙らせていたんですね。

 

「親のずるさ」それに気づけただけでも私は一歩前進できました。誰かに相談するに値する悩みなんだなと思えました。

 

読んで下さりありがとうございました。