前の記事で絶縁は「因果応報」と書きました。『親と絶縁して4年目ー旧親子関係を振り返るー絶縁は「因果応報」』
どうしてしみじみそう思ったか。についてお話します。

 

自分の子どもに声かけしてきた言葉が、やっぱり返ってきてるんです。
その実感。

 

子どもと接してしている時はできるだけ素直に「自分の気持ち」を伝えるようにしています。

「○○君大切に思っているよ」
「産まれてきてくれてありがとう、お母さんになれて嬉しい」
「さっきはきつく言いすぎてごめんね。お母さんも、お母さん○年生だから上手く出来ないの。これから上手にできるようにがんばるよ」
「お母さんは毎日楽しいよ」
「イイヨイイヨーどんまいどんまい」
「時々大変なこともあるけどできるだけ頑張るね」
「野菜は食べてほしいの。これはお願いなの」
「今は体調悪いから30分だけ寝るね」
「どうするのがいいのかお母さんわからない」
「お母さんにも出来ることと出来ないことがある。期待に応えられなくてごめんね、でもできる範囲でやるからね」

 

いつもいつも、こんな言葉をかけているわけじゃないけれども。あなたを大事に思っている、時々接し方に迷う、でも毎日いてくれてありがとう。
ということを事あるごとに素直に伝えるようにしています。

 

子どもも穏やかに成長しています。
自分が言った言葉が返ってきています。
息子も私を大切に思ってくれており、時にそういう言葉をかけてくれる。そして私もその言葉を素直に受け取れるようになっています。

 

一昔前なら「お母さん好き」と言われると、「あああああ、子どもに気を遣わせ過ぎているのか?! それとも愛情不足だからそう言って気を引こうとしているのか?! どうしようどうしよう」と慌て、
「お母さん嫌い」と言われると、「むかぁぁぁぁぁっぁ、何でそんなこと言うの!! あああやっぱり私は毒親と同じように子どもに嫌われる運命なのかなぁぁっぁ……」とうなだれたり。。

 

今は子どもの言葉を「言葉通りそのまま」「受け入れる」ことができるようになりました。

 

(こっそり。。。。
ちょっと読み返してみると、……何だかものすご~~い出来すぎな母親みたいで嘘くさい感じもしますね(笑)。数年前の私なら「毒親育ちがこんなに穏やかに暮らせるわけない!」と変な怒りと不安を抱いていたところです。
こんな風になれた経緯もお伝えしたいと考えています。「絶縁と自分の子ども」や「毒親育ちの子育て」について記事を書いているところですのでもう少しお待ちください。)

私は親と絶縁したから「私も子どもから見限られる?」という不安について

こういうこと、よく考えていました。
「カエルの子はカエル、どうせお前も俺らと同じような大人になるんだ」とか「どんなに訴えようが、お前は俺らの子ども。血は争えない。今お前が言うようなろくでもない親になるんだよ!」とか。脳内洗脳がぬぐえずにいました。

 

でもですね。

 

前ページの「因果応報の法則」を考えてみればわかると思うんです。
「そりゃ言っちゃならんだろう!」っていう言葉をかけなければ大丈夫。
「その子の存在を潰すような言葉」。

 

そこを気をつけていれば大丈夫だと(自分にいつも言い聞かせています。)
夫にも時々確認します。大丈夫かなって。大丈夫だよって言ってくれます。

 

もちろん、毒親由来の「イライラして子どもにあたる」ってのをやる時もあります。

 

でも毎日、そういう態度ではない。単純に「頻度」を変えるのは大事だと思ってます。昔は毎日イライラしていたけれど、それが週に1回、月に2回、少しずつでも減っていきさえすればいいんです。お母さんもたまには失敗する、ごめんね、反省している。ということを素直に伝えて改善する。

 

誰にでも失敗や弱点があるということを素直に認められるように、きちんと謝るようにしています。そして努力する。もちろん子どもが失敗した時も「ごめんなさい」「いいよ」でサラッと終わるように努める。

 

そして出来るだけ毎日「楽しいこと」をする。極端に言えば、一緒に人生を楽しむ以外、子どもと心を通わせる方法はないと思っているんです。いわば友だちになるというか。そういう毎日を心がけています。
子どもは「楽しくないと」ついてこない、続かないと思うんです。大人だって本当はそうだと思います。

 

あと、今、子どもに聞かれたら、毒親のことは淡々と伝えています。(絶縁したての頃は、隠すのに必死だった)
子どもって、嘘をつかれるのが一番傷つくと思うんですね。自分も親に嘘をさんざんつかれて嫌でした。嘘をついたりごまかしたりすると、信頼関係に傷ができます。それを極力避けるようにしています。

 

それに「嫌な人がいたら例え親だとしても逃げていい」「人間関係はいいことばかりではない。自分で考えて選択するべき」という態度も伝わると思っています。(ハッキリ言葉に出しては言いませんが)

 

例えば「お母さん、おばあちゃんは叩いてくるから嫌だった」って事実を感情を交えず平坦に伝えてます。
(それこそ「昨日は雨が降っていたんだよ」くらいの口調)

 

泣いたりわめいたり辛そうにはしません。「そんな人も世の中にはいるんだよ」くらいに話しています。息子は6歳で、色々思うところもあるみたいですが。

 

隠したり、恥じたりせず、それがお母さんの歴史で・考えで・人生で、っていうことを伝えさえしていれば、こじれない気がします。
(もちろん、絶縁したての頃はこんなふうに話すのもムリでしたが)

 

子どもって強くて、そういうオトナの部分もわかろうとします。時には全て知っているかのような言葉をかけてくれたりします。「叩かれるのは誰でもいやだよね」など。
そして私はそこに素直に甘えます。
分かってくれてありがとう、聞いてくれてありがとう、そしてそういう私でも大切だと言ってくれてありがとう、と。

 

自分の色々な部分を恥じずに公開していくと、不思議と息子の「どういう側面も」受け入れよう、という余裕が出てきます。
私の息子はプリキュ○が好き。仮面ラ○ダーは嫌い。お化粧品が好き。肉が好き。甘えん坊。オレ様気質。怖がり。思いやりがある。語彙が多い…etc。そういう全部を受け入れているよ。と時々言います。

 

受け入れて、受け入れられる。素直に謝って、許す。流す。
そういうことを心がけているから大丈夫。

 

そんな風にできるのも「自分と向き合ってきたから」。
私と親は違う。全部をなかったことにする、臭いものにフタ、って態度じゃないから。違う人間だから、違う人生になる。そしてそれを私は選択し続ける。強い気持ちを持っていれば大丈夫。

 

もしそれでも、万が一、億が一、成人した息子から絶縁を宣言されたとしても、大丈夫。私はちゃんと「私の人生を歩んでいる」から、息子が離れるとしてもその選択肢を受け入れて楽しく暮らすこともできる。その基礎を今作っているから大丈夫。

 

私の人生と息子の人生もまた、違う。前までは息子に自分の人生を投影していた、つまり上記「カエルの子はカエル」という毒親の呪いを信じ切っていた。息子がどう生きようがそれを尊重する。息子との心理的な距離もほどよくなっている証拠だと思う。

 

読んで下さりありがとうございました。