例えば今、何もせずただ毒親のことを考えていたとします。夫婦喧嘩をしているとします。
その時「今、自分はこれを好きだからやっている」と仮定してみます。
(理由や状況はとりあえず一旦置いておきます。)

 

すると
  • いやいや違うだろ(ツッコミ)。これは本当に自分のやりたいことではない! 好きでもない!
  • 自分の時間がいかに「嫌なこと」で満たされているか。
  • 自分にとって「嫌なこと」が「好きなこと」なのではないか(不幸好き体質ではないか)。
  • じゃあ何をしていれば、自分の「本当に好きなこと」なのか。
ということが見えてきます。

 

そしてそれを状況別に使ってみます。

 

  1. 自分を無意識に罰している時
  2. 義務的な行為をする時(現在のページです)
  3. 止められないことをやっている時(2015.06.14公開予定)

 

義務を伴う行為について当てはめる

「今これを好きだからやっている」を、義務的な家事や仕事などに当てはめてみます。

 

例えば私は、家事はそんなに好きではない。
でも「やらなくてはいけないこと」でもあります。

 

ここで「どうしてもやらなくてはいけない」と思うことを「好きでやっているんだ」に置き換えてみる。そして考えを発展させる。

 

1.「家事や仕事が面倒で大嫌い」なのは誰だったか? と考えてみます。
私の場合は、私の母親でした。

 

その姿や考えを何の疑いもなく引き継いでいたんですね。
「家事が嫌いだったのは母親だったんだ。私まで嫌いにならなくていいんだ」と気づけました。

 

綺麗な部屋が好き。料理が好き。本当はそういう気持ちが自分の中にあるのではないか?
(「料理好き」という態度にも母親からの嫉妬の視線が向けられていました。もはや何でも嫉妬(笑)。)
「家事は楽しいこと・好きなこと」に変えられるかもしれないと思えた第一歩でした。

 

2.明日もし、家族を事故で亡くしたら家事なんてしなくていい。と考えてみます。

 

全部の時間が自分のための時間になる。
ひとりきりの時間は、長い。
趣味をしてたってせいぜい2〜3時間。
死ぬまで一生ひとりで「退屈」を埋めなければならない。
家事も育児も仕事もしなくて良い人生は、実はとても寂しいものなのではないか。

 

義務に時間を追われているようで、実は義務自体だって自分を生かしてくれているものなのかもしれない。

 

自分が誰かのお役に立てる=自分のことが好きになれる要素。

 

「ご飯まだ?」なんて聞かれなくなることはすごく寂しいことなのかもしれない。
私が家族の一員として求められる。そして「誰かのお役に立てている」と実感させてくれるものが家事や育児や仕事なのでは。
好きでやっているという仮定から、自分にとって「嫌なもの」だった家事や育児をすこしだけ「前向きなもの」に変えることができました。

 

どうせやるんだったら楽しくいこう。どうやれば楽しくなるだろう?
義務を前向きに捉える。

自分の気に入る道具を揃えてみたり、音楽をかけてみたり、部屋がキレイになったら「ご褒美(コンビニスイーツ(笑)」を設定してみたり。

ゲーム感覚で義務を「好きになれるように」整えていく。気づいたら「やると気持ちいいもの」に変わっていきました。

読んで下さりありがとうございました。

 

【ご参考:このように私が考えるようになった、きっかけのことば】
『BASHRペーパーバック1:ワクワクが人生の道標となる』ダリル・アンカ 一部抜粋


『・・・先程から言っているように毎瞬、毎瞬自分がワクワクするようなことをやるということが第一です。・・・みなさんは、ここにいるという事実からして、たぶんここに居るということが今一番ワクワクするんではないかとこちらでは仮定しています。・・・すべての状況、すべての象徴というものは、本当は中立です。・・・あなた自身がそれに意味を与えたものが、あなたに対しての意味となります。』(p102ー105)


アマゾンさんの本概要ページ
(PC・ダブレット向けリンク)バシャール・ペーパーバック1―ワクワクが人生の道標となる (VOICE新書)
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