孤独。ー自分をわかってくれる人がいない。そのままで認めてくれる人がいない。

 

私「だけ」がおかしいのだろうか。私は変な人間なんだろうか。社会不適合者なのか。
疑問。自信のなさ。つらい過去。未来への不安。怒涛のような感情。あふれ出てくる怒りや憎しみ。

 

全部自分ひとりで抱えて「それでも私は健気に生きます」「人に尽くします」って生き方は辛すぎる。
どんなんことにも耐えて、どんな状況も笑顔で乗り切るのが立派でカッコイイ大人。ドラマや映画なら美しいのかもしれないけど、自分が楽になれるならそんな理想なんてぶん投げる(笑)。
自分が幸せにならないかぎり人を幸せにはできない。この世に産まれたからにはみんなに幸せになってもらいたいと神様は願っているはずです。本来。

 

幸せになるためには、まず自分の気持ちを整理することが必要。
小さい頃からため込んだ毒を、全て吐き出す。汚い自分を見たくない、でも見つめなければ前には進めない。
到底ひとりでは抱えきれない。誰か、私の気持ちを聞いて。私の気持ちに寄り添って。。

 

子どもが産まれ、母親としても焦っていた。

 

孤独な生き方を子どもに見せたいだろうか。いつも切羽詰っている母親、それは私。口で何を言おうとも、態度がそんなんだったら子どもものびのび育たないのではないか。思い切って人に少し頼って、人の輪に入って、できないことがあっても楽しそうに過ごしている母親のほうがいいのではないか。そういう焦りもありました。

 

初めは、人に自分の弱みを見せることがとても恥ずかしかったです。
でも、私が弱いところを誰かに見せて、誰かを頼る。人とつながる。そうすれば私の子どもも人生に迷ったときに人を頼ることができるのでは、などと考えて必死でした。

 

できないことがあっても、自分は尊重されるに値する人間

ひとりでなんでもできる人が素晴らしい・弱みを見せたら負けという刷り込みが自分の中にあったのはただ単に「自分の親が『楽したかった』」からなんでは、と思います。

 

「子どもを育てるのは面倒なこと。全部何でも自分でやれよ。恥ずかしい。」
親自身、自分のことでイッパイイッパイ。育ててやっているんだから「親だけが」いい気分になれる権利を持っている。子どものことなんて知らない。だから「親の困るようなこと」を子どもが言うと子どもに嫌な思いをさせる。「訳のわからない事言うな、面倒くさい」
そのくせ親自身の責任であること「家事」「経済的負担」「夫婦・親戚の間を取り持つ」「親をいい気分でいさせる」こういうことを子どもに求める。

 

「できないこと」があると罰される。できない自分は嫌われる。だから必死に取りつくろうし、能力以上のことをやろうとする。弱みを見せられない子ども時代だった。

 

お前のことはお前だけでやれよでも、親の面倒は見ろよ。何その奴隷制度(笑)。

 

と、話は少しそれましたが、自分で出来ることはできるだけ自分でする。でも「自分でできないこと・容量以上のこと」は他人に頼る。
親に精神的に頼ってきたことのない毒親育ちの私は「人に頼る」という基礎がすっぽり抜けていました。そりゃ人生ボロボロになる。人は独りでは生きていけない。

 

完璧な人間にはなれなくても、自分は尊重されるに値する人間。毒親のように「何ができて、何ができないから、○○点な人間」ってジャッジするような人ばかりじゃない。つまり、できないことがあっても嫌われないよ、ってことなんです。

 

毒親と過ごしたつらい過去。そして未来、ぼんやりとした不安に押しつぶされそうになる。
それ「自分の容量以上のもの」なんじゃないかって思った時に「誰かと分かち合う(相談しよう)」と思ったんですね。

 

上手く暮らせている人は「いっぱいいっぱいになるまで抱えない」

私の夫の妹(義妹)はとても甘え上手。大変なこともあるようですが家事育児もそこそここなし毎日楽しく過ごしているようです。(以前は私の激しい嫉妬の対象でした(笑)今は大丈夫ですが。)
『自分でできることはできるだけ自分でする。でも「自分でできないこと・容量以上のこと」は他人に頼る。』自分のできること・できないことの判断が実に上手で素早く人に頼ることが出来る人です。

 

義妹の家の冷蔵庫。
ふと見ると小さな紙が貼ってあります「子育て110番」。
私はそういう紙は捨てました。無意識にか「自分のことは自分で全てできるから美しい・有能」とか「子育てだって上手くやれないとダメな母、人に相談するくらいなら自分で何とかする」とかうんたらかんたら(笑)。

 

彼女に聞きました「こういうの利用してる?」
即答「うん、結構使ってるよ~」。

 

きっと義妹ちゃんは疑問や悩みが発生したら相談機関に「すぐに・気軽に」相談するんだろうな。問題が小さいうちから早めにその「芽」を摘んでおく。こまめに誰かに気持ちを共有してもらう。だからって「できの悪い母」なんてつゆとも思わない。「ムリに頑張らない」んですね。小出し小出しにしているから毎日の負担も減る。

 

この彼女の態度をみて私も見習いました。人を上手く頼っている人の真似をすれば、自分もそうなれるかなと単純に考えたんです。実際連絡してみるととても気分が軽くなりました。

 

様々な相談機関を利用する

無料で相談に乗ってくれる機関は結構あります。
女性相談センター
児童相談所
役所の悩み相談
保険契約や食材宅配(パ○システムなど)の利用者向け相談
(↑これは契約書や注文書の最後のページなどに小さく載っていることが多い)

 

相談窓一覧(NHKさんが管理しているようです)

 

(また、こちらも参考にして下さい。『絶縁前の毒親対策ー住所を知られたくない!住民票の閲覧制限』 行政に頼って親に住民票の閲覧制限をかけることもできるようです。)

 

また、有料ですが精神科・心療内科、そしてそこにあるカウンセリングを利用することもおススメです。
専門家にきちんと診てもらったおかげで、精神的に健康になれました。(当時はこんなのが役に立っているのか? と疑心暗鬼でしたが)

 

私は「女性相談センター」と「役所の悩み相談」に電話したことがあります。

 

「見知らぬ相手」なだけに、自分の暗部をさらしても安心という気持ちが大きかった。
相手は「話を聞くのが仕事」なので、申し訳なさが少し薄れる。
具体的に解決できなくても「気持ちを吐き出す」だけでかなりスッキリする。

 

「…子育てが上手くできているのかがわからない。分からなくて不安になる。子どもは精神的にまともに育つのだろうか。一生懸命やってもやっても、安心できない。完璧になれない。子どもに優しく接しているのだろうか、私はいい母なのだろうか…これでいいのだろうか…」
涙で鼻水ぐしゃぐしゃ。きっとひどい顔だったと思います。

 

相手の方は若い方でしたがきちんと教育されているようで変な意見は交えず「ええ、そうですか、それは辛いですね。毎日頑張っていらっしゃるんですね。」と同意するのみで私の気が晴れるまでゆっくり話を聞いてもらえました。

 

時間にしてだいたい20分のことでした。最後は笑顔で電話を切ることができたんです。
でもたった20分のことなのに気軽に使えなかった自分。人に頼ってみようと思えなかった自分。凝り固まっていたんですね。税金も払っていることですし(毎日かけるとか、何時間も話すとか)迷惑にならない範囲で上手く利用したいですね。

 

中には説教臭いことを言う相談員もいました。それはハズレを引いたと思ってあまり気にしないようにしました。市外からの相談も受付けている機関もあるらしいので、電話代はかかりますが都市部のほうに連絡してみてもいいかもしれません。

 

苦しんでいる自分を恥ずかしいものだと(できるだけ)思わない。
自分でどうしようもできないことを、どうにかしようとしない。
そして人に話してみる。そういう選択も、確実に私を前進させた要素だと考えています。

 

読んで下さりありがとうございました。