毒親と絶縁するかしないか迷っている頃。
新しく生まれ変わりたい! と心のどこかで望んでいたんだと思います。

 

ふと、思ったんです。

 

苦しい時代に使っていた物を使い続けていたら、無意識にその頃を反芻しているのではないだろうか。と。

 

その後探した本にこうありました。

 

『あなたの家に、良くない思い出を思い起こさせる品物があるとすれば、たとえそれがまだ使えるものであっても、家のエネルギーを滞らせ、あなたの精神を曇らせてしまいます。
おたくの家具のうち50%が思い出したくない過去を思い起こさせるのなら、あなたのエネルギーの50%は今現在ではなく過去に向けられています。…古い関係を引きずった場所には、古いエネルギーが澱んでいるのです。(p142-144)』
(『新・ガラクタ捨てれば自分が見える』カレン・キングストン著、小学館文庫より抜粋)※以下同じ本から抜粋します。

 

・・・そりゃそうだよな。と妙に納得しました。
それまでは「使える物ならなんでもいい」「『気に入る物』よりも『最安値の物』を」という実家の教訓を疑わずに生活していたんです。
「何かを買うことは贅沢」(謎)だったので部屋は殆ど実家の物で埋められていました。

物は「象徴」

暗黒時代(笑)を見てきている家具や物。
苦しい時、泣いている自分、家族が金切り声をあげていた時。
殴られた時、やり切れない時、無力だった時。
・・・それを隣で毎日無意識に再生しているのかもしれない。

 

高校時代のジャージをパジャマ代わりに使っていました。毎晩無意識に高校時代を再生している(笑)。
小学生の頃からずっと同じタンスを使っていました。そのタンスは私が母に叩かれているところを見ている。
ひとりで家族の食事を用意していたさみしい毎日。その時使っていたボウルや包丁やお皿。私の寂しさを吸収しているのかも。

 

自分が意識するにせよしないにせよ、物が持っているエネルギーと歴史はあなどれないんですね。
昔の自分を引きずりながら違う自分を求めるなんて難しいよな、って今となっては思います。
そんなに器用な人間でもないし、そんなに鈍感にもなれない自分ですからね。

 

自分の領域のはずである部屋の中に、ギュウギュウに詰められた実家の物たち。
それが幸せな思い出で一杯なら、そこからエネルギーをもらって頑張れるかも。
でも私の場合はそうではない。物に良い思い出はあまりない。

 

実家から引き継いだ物たちは、私にとって以下の「象徴」だったなと振り返ることができます。
なぜなら、子どもの頃から成人してまで「私が」気に入った物を買うということはなく「親が選んだ物だけを一方的に与えられる」ことしかなかったからです。
「ずんずんはどれがいい?」「何が欲しい?」と聞かれることなんてなかったんです。

 

  • 自分の選択肢を奪われる
  • 自分の好みを奪われる
  • 自分を見つめるな、家族と一体化しろ
  • 親の選択した物だけが正しい
  • 親の選択を押し付けられる
  • 経済的に弱いままでいろ
  • 嫌なものでも問答無用で受け入れなければならない
  • 自分の時間を持つな

 

親からもらった物は「押し付け」の象徴。
私がいやだと思う物・欲しくない物・望んでいない物を親の自己満足で押し付けられる。
それはまさしく私たちの親子関係を表現しているものだったんですね。

 

物に詰まっている「過去の自分」=親の言いなりになっている自分、人生に翻弄される自分。
過去の自分にさよならしなければ新しい自分を迎え入れられない! んですね。

 

物と向き合うことで湧き上がる感情を恐れずに・・・

それまでは「物を捨てる」ことなんて考えたこともありませんでした。
親子関係と同様、「何も考えずにただ受け入れて」物とも一生付き合わないといけないと考えていたからです。

 

『人生は常に変化しています。ですから何か新しいものがあなたの人生に転がり込んできたなら、それを楽しんでうまく使い、時期が来たら手放しましょう。…何かを所有しているからといって、一生それを持っていなければならないということはありません。(p68)』

 

『人々が「ガラクタ」に執着するのは、手放すのが怖いから、整理した時に湧き上がる感情を恐れているから、捨てたことを後悔するのが怖いから、不用意で無防備になるのが怖いからです。「ガラクタ」のクリアリングが、直面しなければならない多くのものを表面化させるということは、誰もが本能的に知っているからです。(p69)』

 

物を捨てる時の恐れ。
私の場合は上記の「整理した時に湧き上がる感情・捨てたことを後悔する」のが怖かったんだと思います。

 

ですが、実際捨ててみると良い意味で裏切られていきました。
捨てる時には変な安堵感がありました。「もう、手放していいんだ」

 

一つずつの物に感謝しながら捨てて行きました。
捨てたこと(=親との関係を整理すること)を後悔するかと思いましたが、その心配は杞憂に終わりました。

 

初めは簡単なものから処分していきました。上述のジャージやタンスは捨てやすかったです。大人の女性(笑)が使うには古すぎたからです。
その次に、もう使わない物・何のために取ってあるかわからないような物・親からもらった物。
物を改めて見ると「自分で選んだ気に入った物」なんてほんの数%、殆どが惰性で使っていた物やガラクタでした。
物だって自分で選べないのに、人生だって自分で選べる訳なかったんですね(苦笑)。

 

それらが少しずつ減っていくに連れ、今まで感じたことのない感覚を味わいました。
「心がスッキリ」「明日にワクワクする」「この空いたスペースに何を置こうかな」「どんなパジャマを買おうかな」
よく言う「前向き」な感情。「明日」を考えるようになった。
今までずっと過去にしがみついていた自分が、古い物が1つ去ると同時に「前向き」に1ミリずつですが変化していったんですね。

 

結局私は親からもらった物、苦しかった時代を彷彿させる物たちは全て捨てました。
子供の頃の自分の写真も全部捨てました。
普通に考えるともったいないな~という物も思い切って捨てました。(新品着物一式とか。)

『もともと「ガラクタ」クリアリングがもたらす結果は、それを補って余りあるものです。愛と恐怖は同じ空間に共存することができないので、あなたが恐怖心のために物を溜め込んでいる限り、そこには愛が入り込む隙間がありません。きれいにものを取り除いたと同時に、人生に愛が注がれ始めるのです。
恐怖心は本来のあなたの姿や、やるべきことを見失わせてしまいますが、「ガラクタ」のクリアリングを行うと人生の目的がはっきりと見えてくるようになります。恐怖心は生きるエネルギーの流れを抑えようとしますが、いらないものを処分すると、あなたには本来の生気が蘇ってくるのです。(p69-p70)』

 

片付けを通して、物と精神の関係の深さを考えさせられました。
それまでは「物のことを考えたり・欲しがるのは汚い」と思いこまされていました。
物質的な物は自分の反映。精神的なものと通じているんですね。心安らかな生活をするためにも物と向き合ってクリアリングしていくことが大切なんですね。

 

読んで下さりありがとうございました。

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捨てにくい物(まだ使える物や人からもらった物など)の上手な捨て方・考え方なども載っており、読むと「片付けしたくなる」本です。
この本に載っている「風水図」の場所を片付けると、その場所に関連した事柄が好転することが多々ありました。嘘みたいですが本当で、とても不思議でした。


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対処法ーもくじ

対処法-はじめに

1-まず、親から離れる

3-自分の考え方や感じ方を変えていく

 ※未成年の方やどうしても逃げられない理由のある方は、2、3から始めてみてください。