親との関係を断ってから早5年。親とどうして付き合えないのか改めて書いてみました。

 

3.3ない(感謝しない謝らない話し合わない)(←現在のページです)

 

感謝しない

(子どもが)親を喜ばせて当たり前。手伝いして当たり前。結婚して当たり前。孫を見せに来るのが当たり前。子どもは親に意見しないのが当たり前。死ぬまで親の人形であり続けるのが当たり前。

 

そのかわり、親が子どもに「してやった」ことは恩に着せる。
「高校に行かせてやった」「大学に行かせてやった」「育ててやった」「飯を食わせてやった」。しつこく言う。あの時はああだった、こうだった、こうしてやった。
お前は何様なんだ、親がいなければお前は生きていけなかっただろう? お前メンドクサイ子どもだった「のに」、育ててやったんだから、どうして感謝しないんだ? 敬わないんだ? 親は神だろう。だから「感謝し続けろ」。

 

そんな態度です。
えっと、それどこの神様? 需要なさそうですね~(笑)。

 

謝らない

あんなこと嫌だった。こんなことされて悲しかった。と訴えても
「そんなことまだ覚えてるの? 暗いね~」(馬鹿にする)
「あれ、そんなことあったっけ」(事実の否定)
「悲しいとか思うやつがおかしい。それくらいで辛いとか甘えすぎ」(感情の否定)
「もう黙れ。お前の話は聞きたくない」(逆ギレ)
「お前よりつらい人はいっぱいいる」(話のすり替え)

 

とにかく、理由をつけて自分の非を認めない。

 

謝る時もある。でもそれは「謝る」ことで困らせたい時。
「お母さんが○○なお母さんでごめんね、いいのよどうせ、私はダメな母親なのよ、あんたもそれで困っているんでしょ? 私がいるせいなのよね。ごめんなさいごめんなさい、お母さんいなくなるから安心して……(泣き崩れて悲劇のヒロイン)」

 

あ”-------。お母さんメンドクセ。。

 

世の中の親って、自分より年下には絶対謝らないのかな?
という偏見が自分の中にできたのは言うまでもないです。

 

話し合わない

……というか、話し合えない。

 

そもそも、失言しても大丈夫、とか、反対意見や突飛な意見も時には許される。という雰囲気がない。
そんな場所では話し合えるわけもない。

 

百歩譲って「話し合い」はできなくても、「会話」すら成立しない。キャッチボールがないんだ。一方的に投げられるだけで。上手に受け取らないと(親の望む返事をしないと)キレられる。

 

誰でも「そうだね」って言ってもらいたい。
いつでもどこでも自分の意見を認めろと言いたいわけじゃない。だけれども常に「自分の意見は通らない」「自分の気持ちは受け入れられない」場所。ボール(=自分の意見)は返せない。ボール返したらバットで殴られる(笑えない)。

 

他人の意見を認められない。親が「絶対」だから。

 

親の意見や感情だけまかり通って、それだけを尊重するべきで、それを尊重するために構成員が動くべきで。
それ以外のシステムは機能しないし、システムを変えることができない。
 

 

そんな場所にいれるはずない。
そんな人たちとは付き合えない。
ってかそういう苦々しい世界に居たい人だけでどうぞ。私は勘弁です。

 

読んでくださりありがとうございました。