様々な理由が思いつきます。絶縁のきっかけは本当に些細なことでした。でも、ラストストロー(=重荷を背負い過ぎ限界に達すると、1本のストロー(ワラ)の重さだけでも倒れてしまうという意味)です。限界が来ていたんですね。

絶縁という言葉は仰々しいので、この言葉だけで私が考えなしの物凄い極悪人のように思えてしまいます。が、実際は違います。大人である私がきちんと考え、自分や家族を守るために付き合う人を選んだだけです。

 

「命の重さ」が違う家族。病気の子どものそばには、誰もいない。

絶縁する理由NO.1は、これでした。

 

毒親と絶縁しようと考えるようになったのは、子どもが産まれてからです。子育ての中で、自分の子どもの頃を何度も思い出すようになりました。あと、「結婚・出産」を通して、新しい「自分の帰る場所・安心出来る場所」ができたため、余裕を持って冷静に親子関係を見ることができるようになったからか・・・。

 

・・・いろいろと想い出す中で、フツフツと、やり切れない気持ちが、湧いてきました。。

 

私がうつ病で辛くて、ボロボロなのに、家族の誰もがそばにいようともしない。
「あの子は生まれつき変な子だから・・・」母親の一言をみんな信じる。誰も見舞いに来ない。
「お前は恥ずかしい子」入院したことに対して、父親は電話口で怒鳴り散らす。
「病気になってごめんなさい迷惑かけました」「分かればいいんじゃ」兄の言葉。

 

そのくせ、父親の病気の時は、家族全員を呼び、入院から退院まで、全員が付き添う。病室で朝から晩まで話を聞く。退院が決まるまで、ずっと実家に居ないといけない。

 

親になって更に思う。
「病気でボロボロに疲弊しているこの子のそばに、今、居てあげよう」と、思えない人間。
それってもう、何?こわい。得体の知れない家族たち。

 

悲しくて悲しくて、悲しい。旧家族にとって、私の命って、何だったんだろう。

 

そう思った時に、激しく激しく泣きました。そして同時に、抑圧されていた感情がブワッと湧き出てきました。こんなことを平気でやってのける両親がもの凄く怖い!!!ガクガク震えました。

何も、絶縁までしなくっても・・・とは言ってられない

NO.1の理由だけでなく、他に理由を挙げるとしたら下記のようなことになります。

 

  • クズ人間、ダメ人間、メスブタなどの暴言をいつも言う。
  • 絶対に間違いを認めず絶対に謝らない。自分だけが清く、正しい、良い人間だと言う。
  • やることなすこと全てにダメ出しする。
  • お金を稼げない人間はくだらないと言う。
  • 自分が不幸なのは、お前のせいだといつも言う。

 

こういう友人がいたとしたら・・・付き合うのをやめてしまいたくなります。

 

しかし、そういう言葉と態度をずっと変えない人間が私の両親だったんです。友人ならまだいいのですが、親なので、「面倒くさいからもういいや」と簡単にはいきません。

 

思いつく限り努力しました。親から離れるまでの約35年間、何度も話しました。手紙も書きました。葛藤がありました。激しいケンカもありました。うつ病にもなりました。本当にいろいろありました。
「お前が言っていることは変だ、親は子に謝るものではない、お前は小さい時から精神的におかしいんだから何を言っても無駄」としか言いません。なかったことにします。常套手段です。

 

「何で解ってくれないんだ」「謝ってくれさえすれば楽になれるのに・・・」「親が私を認めさえすれば、~~すれば・・・」どうやっても自分を認めてくれない、謝りもしない・・・。どんどん鬱屈していきました。

 

苦しみから逃れるために、いろいろと本を読み漁って視野を広げて、ある結論に達しました。
「親はどうやっても、変わりっこない!」 もう無理。無理無理無理。逃げる逃げる逃げるしかない!類は友を呼ぶ。同じような人間にはなりたくない!

 

そして、思い切って絶縁しました。

 

読んで下さりありがとうございました。

 

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