絶縁宣言の手紙を出した後の毒親の様子を語ります。

 

私たち家族への態度

毒親が絶縁宣言の手紙を読んだだろうその日は、夫と私の携帯に一日中着信がありました。冗談じゃなく、ずっとです。着信履歴が全て父親になっちゃいました。彼氏か(笑)。

 

2~3日その調子でしたが、その後1日に4~5度になりました。それが2ヶ月くらい続きました。
固定電話は、まだ着信拒否の設定ができていなかったため、線を抜いていました。

 

さらに、封書の手紙、ハガキ、宅配便。何度もよこしますが、めげずに受取拒否。

 

1通目のハガキはうっかり読んでしまいました。そこには、
「お母さんは『母親やめる』って叫んで家庭が滅茶苦茶になっている。お母さんを悲しませるな。構ってやれ。慰めてやれ。お前が我慢するだけで全てが上手くいく」としかありませんでした。
謝罪なんてない、当たり前ですけれど。。

 

私たちの家に実際来ることはなかったので、特に大変なことはありませんでした。(飛行機の距離です。)近い距離だったら・・・と思うとゾッとします。

 

 

実家の様子

これは、弟嫁ちゃんにこっそり聞いた話なのですが、(絶縁の手紙の後、たまたま弟夫婦が実家に帰省していました。)

 

兄の子ども(2歳になるかならないか)が、床に落ちた食べ物を拾って食べたのを見て、毒父が激怒しその子の頭をひっぱたいたそうです。その他もろもろ、兄の子をはけ口にしている模様。兄嫁さんも、兄も、それを見て見ぬふりをしているらしい。

 

当時妊娠中だった弟嫁ちゃんは、「もうこの義実家には帰らない」と固く決心したそうです。自分の子を守るために。(当然です。)

 

毒母といえば、家族の誰も彼もをサンドバッグとしている模様。(毒父も含め。)

 

弟と弟嫁ちゃんが、帰り際にうっかり仏壇に挨拶しなかったからといって、夜11時過ぎ頃に電話をかけて「仏壇に挨拶をして帰れ!今すぐ戻ってこい!非常識な子どもめ!!」と怒鳴ったらしい。弟が「もう明日にしてよ」と言っても延々電話をかけてきたそう。弟嫁ちゃん、妊婦さんなのに・・・。

 

ちなみに、弟には甘い態度だった毒母が、「私」というサンドバッグを喪失したとたんころっと態度が変わった様子。
「姉ちゃんが嫌がっていた意味がようやく分かった」と言い毒両親との関係に悩みだした弟。追い打ちをかけるように、弟嫁ちゃんも毒母にされた仕打ちを弟に打ち明け、弟テンパる。。

私が我慢すれば実家がまわる?

絶縁してすぐは、兄弟のお嫁さんやその子どもに迷惑がかかることがとても苦しかったです。同時に、自分ももう辛い思いをしたくない。自分の子どもを守りたい。その板挟みで苦しみました。

 

でも、必死に絶縁の苦しみから逃れる過程で、気付きがありました。
それは境界線の問題。
兄の子どもを守るのは、兄や兄嫁さんの責任。私の責任ではない。そこまで抱えこむことはないんですね。

 

実際目の前で叩かれているのに、「何も言わない」を選択したのは兄夫婦たち。
そこで「私が実家から離れたから」→「実家がうまくいかない」、「兄の子が叩かれる」は歪んだ結びつけ。
実家の人間関係が上手くいかないのは本人たちの責任なのに、私に責任転嫁している。いい大人なんだから、自分たちで何とかできる。

 

そしてそれを、私も「私の責任だ」と思い込んでいました。もともと私に責任なんて、なかった。

 

私が人柱になることで、実家が回るのかもしれない。でもじゃあ私はどうなる?私の子は?こんな不健康な関係は続けられない。私が関わることで、実家に平穏が来るはずもないのは実証済み。両親は不幸が好きなんですもの。(ご参考までに→毒親は不幸が好き

 

兄達は兄達、弟達は弟達で、自分たちの人生を歩む力を持っていると信頼する。それしか私にはできない。
絶縁までしたんなら、胸を張って幸せです!って言えるようにならないと。と前向きに捉えるようにしました。

 

読んで下さりありがとうございました。

 

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