家庭という閉じた環境の中・・・

家庭のことは、中が見えづらいことなので、周りの人にも理解されにくいことですね。当たり前ですが、毒親が何かをした、その現場を他人が見ているわけではありません。出来事だけを伝えても、「ただの喧嘩では?」と思われることもあります。表情や言葉の強さ、小さい頃からの軋轢、細かい状況がきちんと他人に伝えられるかといえば、難しいものだと思います。

 

また、極端に外面がよい親であったり、人とあまり付き合わない親であったり、子どもが一生懸命「よい子」を演じていて優等生だったりすると、はた目からは何の問題もないように見えてしまいます。
同時に、儒教的な教えの根付いている日本では「親を批判するなんて」と考える方が多いのも否定できません。

おおっぴらに誰かに相談しづらい。共感してもらいたい、気持ちを吐き出したいだけなのに。相談しても、居心地の悪さから逆に批判されてしまうことも多々あります。仕方ないんです、「親を批判的に考える」ということに抵抗がある方が多いのも事実です。

ワラをも掴む思いで誰かに相談しても、自分の状況や気持ちを受け入れてもらえないことが重なれば、ますます「自分だけがおかしいのでは」という孤独感が募ります。

 

家庭のことを話すと・・・

さらに毒親は家庭内のことを人に話すと、罰を与えます。中のことを知られたくないからです。私は暴力をふるわれました。小さい頃から「家庭のことを話すこと=罰せられる」と教えられていますから、夜寒くても、近所のおばちゃんに、「今日は家から閉めだされた」と助けを求めることもできなくなっているんです。
意地悪される子が黙って意地悪されるのは、人に話すともっと酷い仕打ちが待っているからなんです。

 

・・・このように色々な要素が絡まって、人に相談しづらい・理解されにくいんだと思います。

 

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