Twitterやってると、凹む。
 
 
Twitterで有用なことつぶやいている人たくさんいる。
私じゃなくていいんじゃないのかなぁ。
私のサイトなんて不要なんじゃないのかなぁ。
 
 
毒親のこと、経験談、幸せに生きるための考え、方法。
そんなのがあふれていて、、、
 
 
別に私じゃなくてもいいんじゃないかなぁって。最近すごく思っている。
 
 
っていうのは、
 
 
「世界に自分を投影している」
要は自分の考えや感情や価値観を通して世界を見ているし、
自分を扱うように、外界や他人を扱っている。として、
 
 
今、自分がある程度幸せになって穏やかになって。「ほどほど」で生きていけるようになったら、
 
 
世界中の人にもそれぞれ力があって、その力を発揮して生きていけるのではないだろうか、
と思えるようになった。
人の力を信じる、ってことなんだろうけれど。
 
 
毒親育ちの人に「私の考え」なんて本当は必要ではなくて、
 
 
幸せを掴むぞ、と強い決意を持った人は
私のサイトを訪れること以外のことで「幸せに」暮らせる情報を得ることができるだろうし、
きっかけがあるだろうし。
 
 
逆を言えば、不幸から逃れられない、逃れたくないと心のどこかで思っている人には
私がどんなわかりやすい、伝わる文章を書いたところで、
 
 
その人は変わらないだろうから。
 
 
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私の価値は私が決める。みたいなこと考えられればいいな。
 
 
Twitterやってると、つい「数字」が気になる。
「数字が稼げない自分は、必要とされていない。価値がない」
 
 
私の価値、って何?
 
 
家事できるから、誰かを思いやれるから、笑顔にできるから価値があって
気分が悪くなったり、ふさぎ込んだり、やる気が出ないと、価値がないのか。
 
 
たくさん稼いだから、たくさんの人を救えたから、有名になれたから価値があって
何も生み出さない、毎日を淡々と過ごしているだけだと、価値がないのか。
 
 
そんな馬鹿げた、私のちっぽけな思考で人間の価値が決まるなんて。
 
 
創造主、魂、神様、宇宙。
そこからみたら、そんなどんぐりの背比べみたいなことで「私には価値がある、あなたには価値がない」なんてちゃんちゃらおかしいんだろうな。
 
 
ずっとずっとずっと、人は人を裁いてきたし、人を判断してきた。
何をした、何を持っている、賢い、賢くない、かわいい、かわいくない。
何ができる、何ができない。
誰が正しくて正しくなくて、平等で不平等で、善くて悪くて。
 
 
そんなもので人を見ていくことに疲れた、さんざん。
そんなもので人を見たって、幸せにはなれなかった。
 
 
疲れた。
本当は、そんな視点なんて捨ててしまいたい。
疲れたけどやめられなくて止められなくて。
 
 
そんで、いつか、死の床で思うんだ。
ああ、そんなことに時間費やすんじゃなかったって。
 
 
この手でもっと、あなたのことを温めてあげればよかった。
自分の身体をいたわればよかった。
叩くために手を使うんじゃなかった。
醜い文章を書くために手を使うんじゃなかったって。
 
 
この足でいろいろな場所に行けばよかった。
寒さを、暑さを、日差しを、空気を、その場所でしか感じられないことをもっと感じればよかった。
「そんなことで泣くんじゃない」って、冷たくあしらうんじゃなかった。
泣いている子どものもとに、走り寄ればよかった。
 
 
この口で、もっと愛を紡げばよかった。
批判して、傷つけて、口答えして、素直になれなくて、正しいからって何でも言って。
そんなことに時間費やすんじゃなかったって。
 
 
思うんだろうな。
 
 
だから、今を、本当は大事に生きていきたい。
そう願っている。願いをそのまま、受け入れられたらいいのに。
 
 
誰かの視線を気にしてばかりの人生を「やめても大丈夫」だと気付いたけど、
じゃあ「どんな生き方をしたらいいのか」ってことに迷っている。
 
 
生きる意味みたいなものがあるとして、この間読んだ本に書いてあったけど
 
 
「宇宙に向かって『これが私だ』と宣言することが生きること、それ以外の生き方はできない」
 
 
「だから自分がどう在りたいのかについて、誰かの真似をするのではなく、自分で決める」
 
 
「何だって? 人生を自分で決めるんだって? おまえは何様なのか? 誰にも称賛されない、誰の目にもとまらない、孤独な決定だ。人はそうやって批判するだろう。でも……あなたは選ばずにいられない。自分は何者なのかという探求をやめることはできない」
 
 
私は毒親育ちで、元うつ病患者で、ACで、主婦で、学歴はあるくせに、働けなくて。
そういう「物語」を全部捨てて、その「物語」じゃないところから出発したい。
 
 
で、そのためには、もう全部、私の全部を書ききるしかない。
矛盾してるけど、でもそう思ってしまう。
 
 
私が何者なのか宇宙に向かって宣言することが、どんなことなのかは皆目見当もつかないけれども、
でも語らずにはいられなくて、書くことを止めることができなくて。
 
 
夫にしか話していないことを全部、話していこうと思う。
それは自分の過去だけれども。
 
 
私は、そうすることで傷つきたいのかもしれないし、わからない。
「書くことで幸せになっている」とは断言できないけれども。
 
 
傷を感じることも生きることのひとつで、甘美な経験なのかもしれない。
死んで、魂になってしまえば、泣くことも、痛みを感じることもできないのだから。
 
 
こうして文章を書いている、その時その時がおかしくって笑ってしまう。
「私はこの経験がしたくて、ここにいる」
 
 
生きているということはそういうことなのかな。
だから、今を生きる、
私の価値は、私が決める。
 
 
そういうブレない生き方を望む。。。。
 
 
がんばろっと。。。。
 
 
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読んで下さりありがとうございました。