解毒法3-8イヤな人と関わりをたつ


「朱に交われば赤くなる」「類は友を呼ぶ」
周りがどんなに変な人でも、自分だけはきちんとしているはず。昔はそう思っていました。

 

今となっては、ことわざの通りだ(笑)と振り返ることができます。

 

私は毒親と絶縁する前後、いわゆる「昔からの親友」とも関わりを断ちました。
 
 
以前の私は毒親ももちろん、親友知人とも一生付き合うものだと当たり前に思っていました
しかし、です。現在昔の友人知人、誰とも付き合っていません。

 

 

関わりを断った理由は「付き合う時間がもったいないから
ちょっと衝撃的な答えかもしれません(笑)。

 

どうしてそう考えるに至ったか。
それはまだうつ病と闘っていた頃出会った本の中にあります。

 

その本とはセネカ著、茂手木元蔵訳、『人生の短さについて』岩波文庫(1980)。「自分が動かされた」内容をまず抜粋しますね。

 

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『われわれは短い時間を持っているのではなく、実はその多くを浪費しているのである。』(p9)
 
 

『多くの者たちは他人の運命のために努力するか、あるいは自分の運命を嘆くに関心を持っている。』(p11)

 

『しかし誰ひとりして自分自身に対する権利を主張するものはない。』(p12)

 

甲は乙のために耕し、乙は丙のために耕すが、誰ひとり自分自身を耕すものはいない。』(p12)

 

『財産を守ることはケチであっても、時間を投げ捨てる段になると・・・たちまちにして、最大の浪費家と変わる』(p13-14)

 

いつあなたは自分の計画に自信を持ったか。自分が決めたように運んだ日はいかに少なかったか。いつ自分を自由に使うことができたか。』(p14)

 

『諸君は今にも死ぬかのようにすべてを恐怖するが、いつまでも死なないかのようにすべてを熱望する。』(p15)

 

『将来のことはすべて不確定のうちに存する。今直ちに生きなければならぬ』(p28)

 

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そうなんです。
「イヤな人と付き合って疲弊していく」には人生はあまりにも短すぎるんですね。

 

一生、毒親の文句を言いながら毒親の言いなりになって生きていくのか?
一生、自分にイヤなことをする友人と付き合っていくのか?
一生の殆どを、苦痛な時間で埋めるのか?
それでいいのか?

 

そう考えた時に、うん、やっぱり断とう。と決断できたんですね。

 

イヤな友達と距離を置くようになって「イヤな人の代表格」毒親とも絶縁しようと思えるようになったんです。
友だちや知人という(親よりは)関わりを絶ちやすい人たちから少しずつ切っていき(!)、最後に親玉に到着。類友の法則が働いたんですね。

 


「穏便に」関係を断つ方法は?

・・・残念ながら「穏便に」断つ方法はありません。
必ず何かしらの「軋轢」「葛藤」が生じるのが常です。諦めました。上手くやれなくていいんです。仕方無いんです。こっちも必死です。

 

もちろんできるだけ衝撃を減らすやり方がいいのは分かっていますが、そもそも相手は変な人なんです。察せないんです。穏便な方法ではむしろ「付き合いたくない」という気持ちが伝わらない人の方が多いんです。

 

なので、衝突が起こるのは避けられません。
それに相手にしたら「お前と付き合いたくない」って言われるのですからそりゃ怒ったりしますよね。

 

それをナシにしたいというのも虫がよすぎる話なんですね。相手の気持は相手のものですから。
幸せになるための必要経費だと思ってそこは割り切るしかないです。

 

別れにおいての衝突や葛藤は一時的なものです。
変な人と付き合い続けると衝突や葛藤は一生ものです。
揉めるかもしれませんが、最終的には離れてくれてありがとうと思いながら人生の次のステップに進みました。

 

ちなみに嫌な人と関わりを断つとき私は、

 

・ある友人の今度会いたいねーというメールに対して=「へー○○だったんだね。(会う予定についてはスルーした。)」
・ある友人のメール・電話・年賀状=すべて無視。

 

というような荒業をやってのけました(汗)。

 

不器用なんです。でもそれでいいんです。もちろん悩んだり苦しんだりしましたけれど、それを乗り越えないと今の境地には辿りつけませんでした。

実家の奴隷だった私。アイデンティティを変える必要のある私に、過去の私を知っている人が不要だったんですね。

 

また仕事上、どうしてもお付き合いしなければならない変な方には、必要最低限の挨拶、返答、乾いた笑顔で。それ以上はお話しなくなりました。

 

誰と付き合うかを選んでいい

毒親に「誰のこと(=滅茶苦茶な要求をする人間=毒親)も受け入れろよ(=親の言いなりになれ)、それができない奴は冷たい人間だ」と言われましたがそれは違ったんだな。と今は思います。
誰のどんな選択も認めることができるのが、対等な人間関係なんですね。なので私が誰と「付き合いたくないか」もまた自由なんです。

 

自分が幸せになるためには時には別れもある。でもそれだからって「冷たい・悪い人間」な訳じゃないんですね。だれだって必死に生きている。私もそう。
一生懸命生きて考えて、その結果が「別れ」ならばそれでいいんです。

 

読者様にも類友の法則が働き、すてきな人と出会えればいいですね。
読んで下さりありがとうございました。
 

 

【ご参考】本のご紹介


(スマホ向けリンク)(アマゾンさんに飛びます)
人生の短さについて (1980年) (岩波文庫) (茂手木元蔵訳)
生の短さについて 他2篇 (岩波文庫) (大西英文訳)

(PC・タブレット向けリンク)
人生の短さについて (1980年) (岩波文庫) (茂手木元蔵訳)
生の短さについて 他2篇 (岩波文庫) (大西英文訳)

※『人生の短さについて』は茂手木元蔵さん訳(1980年版)と大西英文さん訳(2010年版)の2つがあります。
両方持っていますが、個人的には茂手木元蔵さん訳版のほうが好きです。
『幸福な人生について』『心の平静について』の2篇も入っています。

余談ですが、この本は当時の私に相当な衝撃を与えた本でもあります。
「人生の師が見つかった!読書の醍醐味はここにある!」と大興奮(笑)。
読書教に目覚めた瞬間でした(笑)。
その後セネカさんの倫理集を買い集めたりしました。いつかギリシアに行ってみたいです。

 

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