絶縁は「因果応報」


 

親子関係が上手く行かなかった原因は、、

 

子どもが悪い、親が悪い……。
不景気が時代が……。
親との相性が……。
親が毒親でその親も毒親だったから……。etc

 

じゃなくて、結局「因果応報」の法則が働いただけだな~としみじみ思ってます。(因果応報=仏教の考え方で、原因に応じた結果が報いるということ)

 

子どもの頃さんざん親が私にかけてきた言葉。その「言葉の通りになっている」=「因果応報」。

 

親はよく私に言いました。
「お前なんて産むんじゃなかった」(=お前なんていなくなれ
「アンタのこと考えるだけで頭が痛いのよ」(=お前のこと嫌い
「こんなおかしい人間がいるから私の人生は不幸なのよ」(=だからお前いなくなれって

 

今、親の言う通りになりました「私は実家からいなくなった」。

 

結局鏡なんですよね。
小さいうちは生きるために仕方なく同じ思想を持っているふりをしなければならなかったし、
何言われようが何されようが「お母さんやお父さんが気に入ること」をする子でいなけりゃやってけない。

 

でも大きくなったらその「言葉」通りになる。
「さぞかし重荷な私でしょう、ならいなくなるよ」ただそうなっただけ。

 

因果応報の法則は甘くない。どこにだって適応(笑)。
「お前が嫌い」「お前がいらない」「お前が憎い」と言っておきながら、その憎い対象から愛情が注がれるはずない

 

親のやってきたことは、愛情ではなくいじめ
「それだけは言っちゃならんだろう」って言葉で平気でぶってくる。心を粉々に砕く。例え「親を敬いましょう」とか「親孝行しよう」っていう美徳や道徳を知ってはいても
どんなに強くそれを刷り込まれようともやっぱり「自分をぶっ潰してきた人は敬えない」のですね。

 

言葉って結局「呪文」なんだと思います。アニメなんかでも「呪文」を唱えてこそその力が発揮される。「思う」までは力が発揮されないけれど「口にする=呪文」の力は凄い。「天にお願いした」ってことになる気がするんです。何度も口にするたびに魔力が強くなって実現されてしまう、みたいな(笑)。

 

だから絶縁だって、私のせいじゃないよーーん。と思ってしまう。親にいつもお前が悪いと言われ続けたせいで、全て自分が悪いのではないかと悩んでしまう方も多いかもしれませんが、悪くなんてちっともないんです。自然の法則が働いただけなんですね。

さらに、誰が悪いか悪くないかではなく「それぞれが正しいと思う道を進んだだけ」とも言えますね。なので親とは平行線、道が重なることはないんですね。それでいいんです。

読んで下さりありがとうございました。

 

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