家庭と戦争ー家庭内は戦場だった


戦争は「力で奪うこと」。

 

より力が強い者だけが多くを得られる。力が強い人の敷いたルールだけが尊重される。弱い者の物や気持ちや時間を無理矢理「奪う」ことで強い者が潤う。
奪った者が強い。奪った者が正義。奪った者が心地よく過ごせる。
そしてそれに「家庭愛」というラベルをつけて、、、はい終わり。

 

戦争が終わって、社会は平和ムード。人の気持ちを考えましょう、人に優しくしましょう。思いやりを持ちましょう。
戦争の名残を知っている世代の人たちは、こんな理想を急に掲げられたって、気持ちがついていかない。仕方なく、外では外の理想に合わせる。でも、昔の生き方は急に変えられない。

 

誰が発明したのか「戦争+美しい理想」の組み合わせ。「叩くのは、愛情のため」「厳しくするのは、お前のため」歪んた言い訳がまかり通る。
本当は「叩きたい」「うっぷんを晴らしたい」だけなのに、そこに「愛情」っていうさも真っ当そうなラベルをつけてごまかす。

 

家庭が最後の砦。戦争の思想が残っている。閉じていて中身が見えないから、どうとでもできる。誰も、フタを開けることができない。いや、開けては「いけない」のは暗黙の了解だったのかも。

 

私たち戦争を知らない世代はおかしいと思う。産まれた時から、時代は「平和」「幸せ」を叫んでいた。
「人を叩いてはいけません。」

 

家庭にまだ戦争が残っている。敏感に感じ取ることができた。社会と親の言っていることが、真逆なのはなぜ?
多くを奪った人が偉い、苦しみに耐え忍ぶ人が尊い時代はとうに終わったのに、その「やり方」だけが未だ深く、家庭内に残っている。((注)もちろん、耐え忍んだ先代の方々には、敬意を表するばかりです。)

 

・・・社会の中の一番小さな共同体、家庭がまだ「戦時中」なんですもの、世界が平和になるわけない。

 


生きていくのは辛いこと? ジェネレーションギャップ

お国のためにこれだけ我慢できた。
どれだけ自分を犠牲にしたか。以前はそれが社会の中での分かりやすい美徳だった。
仮に美徳でなかったとしても、そういう「ふり」をしない人は「売国奴」として排除される。

 

戦争が終わるともう少し小さい単位に対して「我慢強さ」を主張する。

 

家庭を犠牲にして会社に尽くしました。
自分を犠牲にして子育て頑張りました。
私はこんなに美しい人間なんだ。と。

 

自己犠牲を毎日見ていた、戦争を知らない世代。
お母さんは「あんたが幸せなら私は何にもいらないのよ」欲求なんかないような顔をする。
お父さんは「家族のために休まないんだ」誇らしげな、それでいて疲れた顔をする。

 

何かを我慢して犠牲にして、苦しそうに生きている両親。
「生きていればいつかいいことがあるさ。」
子どもは理解できない。
・・・いつあるの? いつも苦い顔してるよお父さんお母さん。

 

現代の美徳は、人生を楽しむこと。
人の気持ちが考えられること。
相手の立場に立って考えられること。

 

じゃあさ、その古い美徳、今の美徳に合わないじゃん?
「人に嫌なことをしてはいけない」「傷つけてはいけない」
のに、お父さんお母さんはデフォルトで傷つきながら子育てしてんの?

 

じゃあ僕の私の「存在自体」が、お母さんお父さんには「我慢や犠牲」の元じゃんか。

 

・・・ジェネレーションギャップ。
世間の理想と家庭のあり方の不整合。
これが「毒親問題」として浮上しているのでは、と考えています。

 

家庭内の戦争をなくすこと。一人ひとりの個人が、家庭内で尊重されること。「犠牲者」のない家庭にすること。
世界が本当の意味で豊かで平和な場所になるために、今家庭内のことも変化しようとしているんだと思います。

 


毒親から逃れる人々は、次世代型の家庭を創る?

毒親のことを、仕方ないと思って、親だからと思って、世間の目もあるしと思って、きっと愛情があるはずなんだと思って、そのまま過ごす子どももいる訳です。
毒親のことを、怖くて逃げたくてどうしようもない、って逃げる子どももいる訳です。
今は、まだ前者のほうが大多数なのかもしれません。((注)どちらかが秀でているとかっていう意味でもありません。)

 

ただ、毒親から逃れて、毒親のやったようなことを止めようとする人々は、次世代に戦争を残さないために頑張っているとも言えます。

自分が戦場に居たから、自分の子もまた、戦場に行かせればいいなんて考えない人々なんですね。

家庭内をクリーンで風通しの良いものにする。平和にする。
自分の平和と幸せを求めることが、家庭の平和そして世界の平和に繋がる。

 

今までタブー視されてきた家庭内の問題。特に「親を敬う」という慣習。
それが今、いろいろなところでカミングアウトされてきています。世間にだんだん毒親問題が浸透してきています。

 

良くも悪くも世間は「大多数」がおかしいといえば、おかしい風潮になる。
2~3年前流行っていた服はもう、ダサい服。その程度なんです。

 

なので、毒親育ちがどんどん筋の通らない、人としてやってはいけないことを平気でやるような親を見限る。
そうすると、大多数の意見が働く。「親」だからって何してもいい訳じゃないって風潮を流し込む。
そして、毒親問題を乗り越え、力で支配しない温かい家庭を築くことが、次世代の豊かさを加速させるための鍵になるのではと考えます。

 

戦争は「力で奪う」こと。家庭内でも「力で奪われてきた」。でも、もうそれを辞めよう!って言っている人々が、親と絶縁した人々なんだと私は考えます。

 

読んで下さりありがとうございました。

【参考文献】(アマゾンさんへ飛びます)
(スマホ向けリンク)母親幻想 改訂版
(PC・タブレット向けリンク)母親幻想 改訂版