絶縁するかどうか迷ったらー「あなた」の感じ方を大切に


ネットで、「私の親は毒親なんでしょうか?」とか、「そんなん毒親じゃねえ、まだマシ、甘えんな、家なんか~~」みたいな書き込みを見かけます。

 

でも、
自分の親が毒親かどうか、自分の親のしたことが酷いかどうかを決めるのに、究極的には他人の意見を参考にすることはないと思います。

 

「あなた」が辛いと感じた事実は、誰も否定できないものです。
「あなた」が辛い、もうダメだ、人生は楽しくない、逃げたい・・・。と感じるならそれで充分です。
その気持ちを否定しないでください。是非逃げてください。自分の本能や直感を大事にしてください。もうこれ以上、悲しい思いをしないで欲しいです。

 

Aさんの体験は、Bさんの体験より軽い。
だからAさんの親は毒親でもなければAさんは大したことじゃないのに大げさだなんて、本当は誰にも決められないことなんです。絶縁する理由も、人それぞれですね。比較はできません。

「他者依存」に気づく

毒親かどうか・絶縁すべきか・辛い体験が酷かったかどうかを他人に判断してもらうことを、私もよくやっていました。

 

毒親から逃れて気づいたのですが、自分の超個人的な問題や感情を他人に決めてもらっている、つまり他者依存になっていたんですね。
(もちろん、共感してもらったりアドバイスをもらったりすることは大切なことです。)

 

転んで「痛い」と泣いている子どもに、
「そんなこと(お前の感情)は大したことじゃない、泣くな、痛いはずはない。もっとひどい怪我をしている人はたくさん居る(=感情の否定)」これは毒親の典型例ですが、

 

「他人に意見してもらうこと」で自分の問題がどの程度のものなのかを「他人に判断」してもらおうとしている。自分では決めない。(決められない、というのがある意味正しい表現かもしれないです。)

 

なぜなら、毒親育ちは小さい頃から、「自分がどう感じるか・どうするか」なんて自分で判断してきたことがないからなんです。自ら判断する前に、瞬時に(笑)毒親から否定や指示をされ続けてきました。

 

だから、毒親問題でさえも、無意識に誰かに否定や指示されたいのかもしれません。毒親にされたことを他人に求めているってことですね。自分の問題や感情に「お伺い」たてなくていいんです。
「私は辛い!」「やってらんねー」これで十分なんですね。

絶縁することを認めてくれる人に出会える

絶縁することで「類は友を呼ぶ」を解消することになります。
「毒親断固お断り」の態度は、思った以上にまともな人を引き寄せる力になります。
自分が前を向いて戦う。人生を勝ち取る。幸せを望む。こういう態度にも同じように「類は友を呼ぶ」の法則が働くんですね。
つまり自分の味方になるような人を引き寄せるってことです。

 

まず逃げる。そして辛さを認めてくれる人を探す。
まともな感覚のある人は、「親と絶縁したい」というセリフだけですぐに分かってくれます。

「人間関係の中でどちらかだけが一方的に悪いとうことはない」というごく当たり前のことを十分承知しているからです。

 

「んなわけない!分かってもらえるはず無いじゃん!どうせ私は親不孝」と私も思っていました。家族や自分の環境の中にまともな人がいなかったからです。
それに、自分の問題を心のどこかで「大したことじゃない」「幸せな家族だったはず」と思い込みたい部分もあったからです。現実を見たくなかったんですね。

 

個人的な経験ですが、現在の夫や夫家族と出会い、考えが一変しました。多くを語らなくても、「大変だったね。それは嫌だわ。」って言ってくれる人もいるんだと。
そういうことを言う人の周りにはまた、同じように考える人が多かったりして、大変助けられました。

 

今はネットなどで同じ考えや悩みを持っている人と繋がりやすい時代です。思い切って輪に入れば、共感してもらえることもあります。

 

・・・悲しいことですけど、「家族」が味方じゃないんですね。その現実を見つめるのは辛いことです。辛いことですけれど、味方がひとりも居ないのもまた辛い。

 

勇気を持って飛び出し、味方をこれから探せばいいんです。絶対に出てきます。捨てる神あれば拾う神あり、です!
今まで1人で戦ってきたから、自分の感情や苦しみが理解されないものだと思い込んでいるかもしれません。ですが、まともな感覚を持っている人は絶対毒親育ちの苦しみを理解し、応援してくれます。

 

そして私もまた、このサイトを通じて読者様を応援していきたいと考えています。

 

どうか読者様の心が、少しでも晴れやかになりますように!
読んで下さりありがとうございました。