「ねばならない」を疑うー場所、地域、時代



2015年年末に書いた「ねばならないを疑う」。

 

「○○しなければいけない(義務)」が増えると人生、苦しくなる。
「○○しなければ」ホントに困るのかな?
もちろん全てを丸投げして生きればいいってワケじゃないけど。
視点を変えるだけで「しなければならないこと」を「しなくていいこと」に変えることができるかもしれません。

 

私の頭のなかにも、皆様の頭のなかにもある強固なしつこい(笑)「ねばならない」を疑うための視点を付け加えてみようと思います。

 

そもそも「ねばならない」なんて場所や地域や時代や信仰や家庭や性別やなんやらかんやら(これ以上思いつけない(笑))で常に変化するものなんですよね。
一見「固定的で常識的で覆すことのできないような事柄」でも簡単にそれが当てはまったりもします。

 

例えば場所。
義弟くんはフランス人と結婚したのですが、彼に聞いた話を参考にします。

 

日本ではお正月に色々なしきたりがありますね。(=「ねばならない」が多い)
一方フランスでは「お正月」って概念すらないらしいです。1月1日は一応休みだけど、別に新年を祝ったり特別なことをするわけでもないそうです。

 

日本人からすると拍子抜けするかもしれませんが、それがフランス人の日常なんですね。
日本の年末年始は忙しいですが、何にもしない地域もあるんだと思えば、その忙しさも楽しめるかもしれませんね。

 

また「ゆっくりしてください」「くつろいでください」という言葉。
日本では「言わねばならない」までとは言いませんが、そういう言葉かけのできる人が「いい」って風潮がありますね。

 

でもフランスではその言葉に該当する言葉は「ない」んだそうです。
理由は「ゆっくりするかどうかは個人の自由だから」。
逆に言われるとムカッとするそうです。フランス人は(笑)。
 

 

また、レジ打ちの人は「基本座っている」し「お客がいないなら別に休んでていいじゃん」って風潮みたいです。
役所の窓口に行っても誰もいなくて、1時間くらい待っていると担当の人が友だちと電話しながら戻ってくるとか日常茶飯事らしいです。
「勤務中でも仕事がなけりゃ、何してても個人の自由じゃん?」って見解らしいです。
日本でコンビニのレジの人が座ってたらそれだけで「けしからんけしからん」ってワイドショーのネタになりますよね(笑)

 

どちらの国のほうがいいとか比較したいわけではなくて、
勤務中暇なときにのんびりしてるからって「ダメな人間」「頑張ってない」なんて自分を責める必要ないんだなー。
「頑張らなければ、世間様の役に立たなければ!」みたいに肩ひじ張らなくてもいいんだなー。と思えたお話でした。

 

次に時代。

 

戦後の日本では英語が禁止されました。その名残が「野球」です。
「本塁打(ホームラン)」「投手(ピッチャー)」「捕手(キャッチャー)」などなど。
英語は使ってはならない! 英語を使う奴は売国奴だ!!

 

だったのに。

 

今や「0歳からの英語」とかいって煽る煽る(笑)。
小さいうちからリスニングしてれば将来の発音がいいとか、
聞きながせば自然と喋れるようになれるとか、
国際的な人材を育てるにはうんぬんとか。。。
一昔前なら禁止用語だったのに。。

 

その他
「髪を染めている人は不良(笑)」
「バレンタインなんてなかった、クリスマスなんてなかった、ハロウィンなんてなかった」
などなど。

 

年末年始・お盆の行事やしきたりを無くせばいいとかそういうことを言いたいわけではなくて。
「ふーん、それくらい場所や時代で『大事なこと・ねばならない』が違うんだな」っていう視点があるだけで何だか盆暮れ正月の忙しさや面倒な義務から開放される気がするんです。
そんな頑張んなくていーんだねぇ、って思えるんです。

 

 

ねばならないは変化する。
「○○しないから・してるから」おかしい、変わってる、義務を果たしてない。なんて言葉はもう捨てる。
そのかわり「自分がどうしたいか」を大事にして過ごすことが一番なんですね。
「自分がどうしたいか」を大切にすることは「相手を大切にすること」にもつながります。
「ねばならない」に従って、無理をする姿がよい、っていう雰囲気をなくしていくのは、まず自分から。

 

読んでくださりありがとうございました。